
「ギータ」の愛称で親しまれているソフトバンクの主砲柳田悠岐選手は今や福岡ソフトバンクホークスの顔となるまで成長しました。
そこには彼の計り知れない才能と努力、そしてソフトバンクの育成の上手さが隠されていました。
【育成上手なソフトバンクは下剋上が絶えない人材の宝庫】
柳田選手の他にもソフトバンクは様々な才能ある選手を輩出してきました。
2016年には約60億円もの出費で「HAWKSベースボールパーク筑波」を建設しました。
ここには入団したての2・3軍選手が住める寮があり、野球に浸れる環境が新人選手にも整っています。
そこにはゴルフ場サイズのお風呂にサウナ、リハビリ用のプールもあるそうで、いかにソフトバンクが若手育成に力を入れているかが分かります。
現在もこの寮には驚異の奪三振能力を讃えられている尾形崇斗選手が在籍していて、これからも日本野球界を代表する逸材がここから誕生しそうです。
育成上手の他に、大胆なドラフト指名でもソフトバンクは逸材を何人も獲得しています。
ここには会長である王貞治さんの判断が大きく影響を及ぼすようです。
実際柳田選手を獲得する際にソフトバンクは別の選手を指名しようとしていたそうです。
そこを急遽王貞治さんの判断で2位指名に柳田選手が選ばれ、入団が決まりました。
【2014年には1軍フル出場、打順もクリーンナップへ】
2011年にソフトバンクに入団した柳田選手でしたが出場機会にはあまり恵まれませんでした。
しかし柳田選手は王会長に見込まれた振りの強さを最大限に活かし着々と成長を遂げていきます。
徐々に出場機会を増やしていくと、2014年シーズンには全試合フル出場という驚異的な記録を叩き出しました。
チームからどれほど信頼されていたかが分かります。
バッターボックスでの活躍だけにはおさまらず、自慢の俊足でも度々チームを助けていました。
この年の打率は.314で、さらに本塁打15本、33度の盗塁に70打点を記録しています。
5月の打率は驚異の.395で、安打数34を記録しNPBの月間MVPを受賞しています。
そしてセントラルリーグとパシフィックリーグの選抜チーム同士が対決するオールスターゲームには監督推薦選手として初選出されます。
さらには日米野球2014では日本代表として出場します。
日本全国に名を知らしめた柳田選手はさらに成長を遂げることになり、その活躍ぶりは収まることなく日本最高の野球選手への道を歩んでいます。
【トリプルスリー、首位打者も獲得し、日本最高の打者に】
シーズン全試合フル出場を果たした2014年シーズンに続き、2015年のシーズンも柳田選手にとって忘れがたい1年になります。
次のシーズンでは打率3割、30本塁打に30盗塁といった偉業、トリプルスリーを達成し規格外の選手へと成長しつつある姿を見せてくれました。
このトリプルスリー達成は野球ファンを魅了し、山田哲人選手とともに「トリプルスリー」で流行語大賞を受賞しています。
2度の首位打者を獲得し、打率も3割越えをキープした昨シーズンで柳田選手は自身が日本を代表するスター選手であることを見せつけました。
その活躍ぶりはファンにも認められ、マイナビオールスター2017ではファン投票で2年連続最多投票数を記録しています。
そしてその年にソフトバンクでは日本人初となる5億円を超える年俸で3年契約を果たします。
ソフトバンクの「走攻守」の全面において要として活躍を遂げる柳田選手はメジャーリーグも注目を集めている存在になりつつあります。
【2019年は重症を負い、復帰後も失速】
着々と経験を積み、成長を続けていた柳田選手ですが2019年には怪我を負ってしまいます。
左膝の違和感を訴え4月のロッテ戦を途中交代すると、翌日の検査で「左半模様筋脚損傷」と医者に伝えられます。
その際に医者は全治に三週間ほどかかるとして、チームもその日付を目処に柳田の復帰を計画していました。
しかしこの怪我は想定の日数では治らず、復帰は見送りになりました。
この怪我の影響でなんと柳田選手は前半戦をわずか9試合出場となります。
そんな中でも柳田選手の人気は健在で、ファン投票でオールスター戦に選出されました。
その後のシーズンは他のシーズンに比べてしまうと柳田選手の万全の状態とは程遠く、2019年は38試合の出場にとどまります。
全試合フル出場を経験している柳田選手にとっては少なすぎる試合数とも言えます。
徐々に失速していった柳田選手はインタビューで「フィニッシュです」と語り、生涯ホークス宣言をするとともに契約満了後の引退を示唆しました。