坂本勇人

今や読売ジャイアンツを代表する打者として君臨している坂本勇人選手。

2016年には遊撃手史上初となる首位打者を記録しています。

日本代表としても活躍を遂げている坂本選手はどこまで成長するのでしょうか、期待が高まります。


【2008年、20歳にして1軍フル出場】

2006年のドラフト会議にて巨人が外れ一位として坂本選手を指名します。

入団一年目は主に2軍で試合に出場することになりました。

そしてシーズン終盤に差し掛かると代走で一軍での試合出場を果たします。

来シーズンになると松井秀喜選手以来の10代でのスタメン入りを記録し、4月の阪神戦ではプロ初本塁打も打ちます。

この初本塁打は満塁打でもありました。

そして19歳3ヶ月で満塁打という記録はセ・リーグ最年少の記録でした。

当時遊撃手だった二岡智宏の負傷によって獲得したスタメン出場でしたが、その後もシーズンを通して坂本選手が出場し続けます。

入団2年目にして全試合スタメン出場という記録を成し遂げてしまいます。

この年のオールスターゲームにも選出されると、第二戦で初安打を打ちました。

調子をどんどん上げていき、日本シリーズにも出場します。

そこでは本塁打をあげる活躍をし、10代での日本シリーズ本塁打は清原選手以来22年ぶりだったそうです。


【成績は右肩上がり、31歳で初のMVP獲得】

衝撃のデビューから徐々に成長を遂げていった坂本選手は今や日本を代表する野球選手へと成長していきました。

2年連続でのスタメン起用を果たすと、4月以降打率が3割を下回ることなくシーズンを終えます。

常に結果を残す坂本選手は相手にとって脅威だったはずです。

この年には自身初となるベストナインにも選出されました。

翌年は1番打者として主に起用され、チームの打線に勢いをつける役割を担います。

続く2012年には侍ジャパンマッチのキューバ戦に日本代表として試合に出場します。

その一ヶ月後のWBCでも日本代表に選出されました。

そこからは日本代表と巨人で活躍をし続け、全国の野球ファンの間で知らない人はいないような存在になるまで成長を遂げます。

2013年からの三年間は坂本選手自身が危機感を感じるほどの伸びの悪さを経験しました。

しかし2016年に日本代表に選出されると筒香選手や中田翔選手に助言を求め、成長し続けたい姿を見せ、そこから成績は徐々に上がっていき最終的には31歳の年にMVPを獲得しています。

【2019年終了時点で1884安打、31歳にして現役選手で第4位】

巨人のスタメンに10年以上名を連ね続ける坂本選手は今や野球界を代表する選手です。

NPBにおける令和時代第一号本塁打も坂本選手が記録し、話題を呼びました。

このホームランボールとバットは野球殿堂博物館に飾られることになります。

同シーズンには史上104人目となる通算200本塁打という記録を打ち出します。

この年は坂本選手にとって本塁打を連発するシーズンになりました。

攻撃面では全試合に出場しチーム三冠王となり、守備面ではゴールデングラブ賞を2年ぶりに受賞しています。

そして攻守にわたってチームを支え続けた坂本選手はリーグ優勝を成し遂げました。

巨人の主将として輝いた2019年シーズン終了時点でプロ1884安打という記録を出します。

これは現役選手の中で4位に入ります。

この記録は31歳の若さでは異例のことです。

坂本選手はこの調子で試合に出場し続ければ史上最年少で2000本安打へ到達すると予測されていました。

しかしその夢もコロナウィルスによって大きな影響を受けてしまいます。

【コロナウイルスで安打数を失うのが勿体ない打者】

史上最年少での2000本安打を目指していた坂本選手ですが、コロナウィルスの蔓延によって試合が当分の間延期となってしまいます。

そして5月現在も試合復帰のめどは立っていません。

これまでの2000本安打記録を振り返ってみると、榎本喜八選手の記録した31歳7ヶ月と16日が史上最年少の記録でした。

これを更新するには今シーズン中の7月中に2000本安打を到達しないといけませんでした。

好調の坂本選手にとってこれは可能に見えましたが、思わぬトラブルでこの記録の達成が遠のいていきました。

この偉業は消滅したに等しいとメディアでは伝えられています。

射程圏内にあったがために余計坂本選手にとっては悔しい結果だと思われます。

そんな坂本選手は2018年に「ジャイアンツで最後までプレーしたいという気持ちは今も持っています」と語り、新たに5年契約を果たしています。

メジャー移籍も囁かれた坂本選手は巨人の主将として生涯ジャイアンツ宣言をしました。

巨人の歴史に残る選手の一人として活躍が見れそうです。