
今や読売ジャイアンツの顔として名を連ねている坂本勇人選手。
メジャーリーグへは挑戦をせず、野球人生の生涯を巨人に捧げています。
その道のりの中で坂本選手は高額な年俸を手にしています。
その年俸推移を見ていきたいと思います。
初年度は650万円からスタート
幼少期から野球の才能を開花していった坂本選手は小学一年生ながらに投手としてあの田中将大が捕手としてバッテリーを組んでいました。
2人は共に昆陽里タイガースという小学生野球チームに所属していたそうです。
高校は八戸市にある八戸学院光星高等学校に進学します。
そして一年生の秋からショートとしてレギュラーの座も獲得しました。
甲子園大会にも出場したものの、一回戦での敗退を喫しました。
チーム成績は良くなかったものの、ドラフト会議にて読売ジャイアンツは坂本選手を指名しました。
2006年にドラフト指名1位だったため、坂本選手の背番号は初めの2年間は「61」とされました。
一年目から一軍に昇格するなど目紛しい活躍も見せていました。
そんな若かりし時代の坂本選手の年俸は今とは比べ物にならないほど低いようでした。
一年目はわずか650万円にとどまり、一年目の活躍をもとに次の年俸を定める仕組みでした。
そして見事大活躍を遂げた坂本選手は着々と年俸を上げていきます。
2019年~2021年は5億円固定年俸で契約
初年度こそは数百万の年俸だったものの、活躍を遂げ続けた坂本選手の年俸は徐々に上がっていくこととなりました。
入団2年目には一年目の役4倍となる2550万を年俸としてもらっています。
そこからもスタメンを張り続けた坂本選手、巨人側も絶大な信頼を置いていました。
23歳として迎えた2011年シーズンにはついに1億円越えの年俸をもらうことになります。
しかしながら、このシーズンで打撃不振や守備の乱れなどに襲われてしまいました。
その結果、入団して初めてとなる減俸を受けることとなります。
しかしながら、次の年にはベストナインにまで選出されるほどの活躍を施し、再び年俸を増やしていくことができるようになりました。
2億円まで年俸が到達するのにそれほど時間を要しませんでした。
2015年シーズンの年俸は2億2000万円となり、その2年後には3億500万円にまで登ります。
この年俸の上昇は収まるところを知らず、2019年にはなんと5億円に到達し、そして2021年までは5億円をキープしています。
NPB現役第3位の高額年俸、1位は同僚の菅野
年俸5億円台に到達した坂本選手は歴代日本プロ野球選手の中でも上位の年俸をもらっています。
そのランキングは実にNPB現役選手の中で第3位でした。
プロの選手の中でも突出した高年俸をもらっていることがわかります。
巨人からの信頼も厚い坂本選手には妥当の金額だと言えるかもしれません。
長年在籍し、貢献し続けた結果坂本選手は5億円という破格の年俸をもらうことになりました。
このランキングには2位にソフトバンクの柳田悠岐選手が名を連ねています。
柳田選手の年俸は5億7000万円と坂本選手より少し多い金額になっています。
柳田選手もまたソフトバンクの顔となるまでチームに貢献し、絶大な信頼を得ている選手の1人です。
さらに、1位には坂本選手の同僚である菅野智之投手が不動のエースとして君臨しています。
6億5000万円という破格の額を手にし、菅野投手はプロ生活の6年間で2桁勝利をほぼ毎年達成しています。
日本最高クラスの投手に巨人も超高額な年俸で答えています。
MLB挑戦には慎重な姿勢
NPB年俸ランキングでは3位につけるほどの実力を持つ坂本選手。
そんな彼にはメジャーリーグ挑戦の声も多々囁かれました。
その度に坂本選手は国内残留を選択し、巨人一筋でここまで来たことがわかります。
メジャーリーグへの挑戦の方が年俸が増えるという傾向にある野球業界の中で国内に止まるのは珍しいことでした。
日本代表にも選ばれるほどの実力者である坂本選手ならなおさらなぜメジャー挑戦をしないのかが疑問視されていました。
あるインタビューで坂本選手はメジャー挑戦について聞かれ、前田健太選手や田中将大選手らの名前を挙げて2人の功績を称えました。
その上でメジャーには憧れはあるものの実感がないとも語ります。
「絶対的な存在にならないと」と、国内でもっと活躍することを誓いました。
日本人トップレベルのショートストップとして獲得に乗り出したメジャー球団は複数いたと言います。
しかしながら、これらのオファーは坂本選手には響かず、巨人で成績を残すことに徹底することにしました。