南野拓実

2019年末にオーストリアのFCレッドブル・ザルツブルクからイングランド・プレミアリーグの名門のリバプールへの電撃移籍が決まり、2020年1月からリバプールに所属している日本代表の南野拓実選手。

この移籍については日本のみならず、世界中が驚きました。

南野選手は1995年生まれの大阪府出身。


Jリーグのセレッソ大阪の下部組織からトップチームに昇格し、プロ1年目のシーズンから試合に出場し、得点も決める活躍を見せてきました。

プロ3年目の2015年にオーストリア・ブンデスリーガのFCレッドブル・ザルツブルクへ移籍し、リーグ戦やカップ戦の優勝を経験するなど5年間在籍しました。

そして、2019年12月に移籍金725万ポンド(約10億4800万円)でリバプールへの電撃移籍を決めました。

森保一監督が指揮する日本代表の常連メンバーでもあり、初陣から3試合連続でゴールを決める活躍を見せるなど、代表のエースとして期待されています。

リバプールへの移籍で世界的に注目を集めた南野選手ですが、移籍だけでなく加入後も南野選手が着用する背番号も現地メディアでは注目されました。

今回は南野選手のリバプールでの背番号とその活躍について調べてみました。

南野拓実のこれまでの背番号

南野拓実選手は、中学に入学した2007年にセレッソ大阪U-15に入団しました。

その後もセレッソ大阪の下部組織でプレーを続け、2012年の高校3年生の時に下部組織に所属しながら2種登録選手としてシーズン途中にトップチームでの試合に出場をします。

そのシーズンは背番号「32」を着用してリーグ戦3試合、天皇杯2試合に出場しました。

2013年にセレッソ大阪のトップチーム昇格、クラブ初となる高卒ルーキーで開幕スタメン出場を果たします。

プロ選手になって最初に着けた背番号は「13」。

前年まで「13」を着けていた柿谷曜一朗選手が、その年からクラブのエースナンバーの「8」を着けることになり、南野選手は背番号「13」を柿谷選手から引き継ぎました。

1年目のシーズンでは、新人ながらリーグ戦に29試合出場5得点を挙げる活躍を見せました。

2年目のシーズンも引き続き背番号「13」を着用し、前年の躍進を受けクラブやサポーターから大きな期待をされたが、チームは最終順位17位となりJ2に降格が決まってしまい、南野選手自身も30試合出場2得点と不本意な成績に終わりました。

セレッソ大阪で2シーズン過ごした後、2015年1月にオーストリアのFCレッドブル・ザルツブルグに完全移籍をします。

ザルツブルグでは背番号「18」を着用しました。

南野選手の加入前まで背番号「18」はスロバキア代表のドゥシャン・シュヴェント選手が着用していましたが、そのシーズンからドイツの1.FCケルンに移籍したことで「18」が空き番となり南野選手が着用することになりました。

南野選手はFCレッドブル・ザルツブルグに在籍していた6シーズン全てで背番号「18」を着けてきました。

そして、オーストリア・ブンデスリーガ5連覇、カップ戦優勝4回経験し、自身もリーグ戦136試合出場、42得点を挙げる活躍を見せ、ファンからも人気な選手でした。

また、フル代表や世代別の代表にも選出されてきた南野選手。

U-23日本代表のメンバーとして出場した2016年リオデジャネイロ五輪ではクラブチームと同じ背番号「18」を着けて出場し、初戦のU-23ナイジェリア戦で1ゴール決めています。

2015年10月のW杯2次予選シリア戦とイラン戦でA代表に初選出された時もお馴染みの背番号「18」で選手登録され、イラン戦で代表初出場を果たしました。

森保監督が代表監督に就任してからはコンスタントに呼ばれるようになり、初陣のコスタリカ戦では背番号「8」を着用していたが、次のパナマ戦は「9」に変更になりました。

以降、日本代表で背番号「9」を着てプレーをしています。


南野拓実のリバプールでの背番号は「18」

南野拓実

2019年12月に南野拓実選手はイングランド・プレミアリーグのリバプールに移籍し、ビッククラブの一員になりました。

イギリスでは南野選手の移籍加入が報じられと同時に、実現した際の背番号に注目する記事がすでに出ていました。

実は南野選手は移籍の2カ月前にUEFAチャンピオンズリーグのグループリーグ第2節でザルツブルクの一員としてリバプールと対戦しました。

試合は4-3でリバプールが勝利しましたが、南野選手は豪快なボレーシュートで1ゴールと1アシストの活躍を見せました。

リバプールの守備陣を苦しめたその印象が強く、移籍は大きく注目され期待されました。

現地の新聞は「1~15番までは利用できないが、16、17、18、19はフリーだ。加えて、22、23、24、26、27、32、48、51、62、66、67、及び72以外の数字であれば、南野はどれでも選ぶことができる。」と南野選手が選べる背番号を並べました。

また、背番号「17」に関して「2000年から2004年にかけ、伝説のキャプテンであるジェラードが着用していたのが、17番だ」と強調をしました。

元イングランド代表としても活躍したスティーブン・ジェラード氏はリバプールのレジェンドであり、彼が着けていた背番号「8」は象徴的な番号になっています。

そして、ジェラードが「8」の前に着けていたのが「17」であったため、記事では背番号「17」が強調されました。

最終的に南野選手のリバプールでの背番号は「18」に決定しました。

海外初挑戦となったザルツブルクに移籍して初めてつけた番号をまた選びました。

愛着なのか、他に理由があるのか真意はわかりませんが、ビッククラブでも馴染みの背番号を着けてプレーする南野選手が期待されていることは間違いありません。

リバプールで「18」を背負った歴代の選手

新天地のリバプールで南野拓実選手の背番号は「18」に決まりました。

サッカーで背番号は選手の象徴とされることが多く、リバプールにも今まで多くのレジェンドやスター、象徴的な選手が所属してきました。

これまでリバプールで背番号「18」を背負った歴代の選手を紹介します。

プレミアリーグでは1993-94シーズンから固定番号制が導入されました。

固定番号制導入後、最初に背番号「18」を背負ったのはフィル・チャーノック氏。

若干17歳でリバプールに入団したチャーノック氏ですが、1995-96シーズン後半にレンタル移籍に出されるなど、1996年に移籍するまで公式戦の出場はわずか1試合のみでした。

1996年からは、元イングランド代表でワンダーボーイの愛称で親しまれたマイケル・オーウェン氏が「18」を着ました。

オーウェン氏はリバプールの下部組織でプレーし、16歳で練習生契約、17歳の誕生日にプロ契約を結び、ホームデビュー戦でプロ初ゴールを挙げています。

1997-98シーズンには、エースのロビー・ファウラー氏が怪我で離脱したため、レギュラーとなり公式戦44試合出場23得点を挙げる活躍を見せ、プレミアリーグの得点王と年間最優秀若手選手賞にも輝きました。

翌シーズンから背番号「10」を着けクラブを代表する点取り屋として大活躍します。

オーウェン氏の次に背番号「18」を着けたのが、1998年に移籍してきた元フランス代表のジャン=ミシェル・フェリ氏。

ナントでフランスのリーグアン優勝経験もあるボランチの選手でしたが現役の晩年での加入ということもあり、2試合途中出場の合計47分のみの出場に終わりました。

そして、在籍1年で移籍することになりました。

1999年から2001年までは、元オランダ代表のフォワードでオランダ・エールデヴィジのPSVやドイツ・ブンデスリーガのバイエル・レバークーゼンでプレーしてきたエリック・マイヤー氏が背番号「18」を身に着けました。

しかし、マイケル・オーウェン氏やロビー・ファウラー氏とのレギュラー争いに敗れ、2000年にはレンタル移籍に出されるなど、リバプールでは26試合2ゴールに終わりました。

次に「18」を引き継いだのが、元ノルウェー代表のヨン・アルネ・リーセ氏。

主に左サイドでプレーし、リバプールに在籍した2001年からの7年間で公式戦348試合に出場しました。

2004-05シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝でACミラン相手に0-3から追いつきPK戦の末に勝利して優勝した「イスタンブールの奇跡」で反撃の1点目をアシストしています。

因みに、PK戦では3人目のキッカーを務めましたが失敗しました。

また、リーセ氏はノルウェー代表として110試合出場の最多出場記録を保持しています。

2001年から2004年まで3シーズン連続で背番号「18」を背負い、2004-05シーズンからは背番号「6」に変更になりました。

2004―05シーズンで背番号「18」を着けたのがスペイン人ミッドフィールダーのアントニオ・ヌニェス氏です。

ヌニェス氏はスペインの強豪レアル・マドリードからリバプールに移籍してきましたが、在籍わずか1年で公式戦27試合出場に終わりました。

唯一挙げた得点はカップ戦の決勝でチェルシーに2-3で敗れた試合でした。

シーズン終わりに放出され、「18」は空き番となりました。

2006年からは新加入した元オランダ代表のディルク・カイト氏が背番号「18」を着けました。

オランドのフェイエノールトでリーグ得点王に輝いた実績もあり、移籍1年目からチーム最多の12得点を記録しました。

2007-08シーズンからチームのシステム変更で右ウィングとして新境地を開拓し、プレーの幅を広げます。

2012年にトルコのフェネルバフチェSKに移籍するまで6シーズンをリバプールの「18」としてプレーし、公式戦286試合出場、71得点を挙げたチームに欠かせない存在でした。

カイト氏の移籍後、背番号「18」は2シーズン空き番となりました。

そして、2014年からはスペインのセビージャFCから移籍加入したスペイン代表ディフェンダーのアルベルト・モレノ選手が身に着けました。

移籍2年目までは左サイドバックとして先発出場していたが、2016-17シーズンからジェームズ・ミルナー選手にレギュラーの座を奪われてしまいます。

翌シーズンからは再びレギュラーに返り咲き、代表にも久しぶりに召集される活躍を見せます。

しかし、冬に怪我をしてレギュラーを奪われてしまいます。

そして、2018-19シーズン限りでリバプール退団が決まり、2019年7月にスペインのビジャレアルCFに移籍しました。

モレノ選手の退団後、リバプールの背番号「18」は2019-20シーズン開幕から空き番となっていました。

そして、2019年12月に移籍加入した南野選手がその「18」を身に着けることになりました。

ここまで、リバプールの歴代の背番号「18」の選手を調べてみましたが、マイケル・オーウェン氏やディルク・カイト氏、ヨン・アルネ・リーセ氏のように長年チームの勝利に貢献してきた選手がいます。

また、一方ではなかなか活躍できずにチームを去った選手もいます。

南野選手には前者のようにクラブの歴史に刻まれる「18」の選手になることを期待したいです。

リバプールではまだ結果の出ない南野拓実

南野拓実

南野拓実選手は2019年末にリバプールに加入し、クラブ初のアジア人選手として年明けにデビューを飾りました。

加入してまもない現地時間の2020年1月5日にリバプールのホームのアンフィールドで行われたカップ戦のFA杯3回戦エバートン戦に早速先発出場をします。

背番号「18」を身に着け、3トップの中央でプレーし、前線から激しいプレッシャーをかけ続ける献身的な動きを見せました。

試合は1-0でリバプールが勝利しデビュー戦に花を添えました。

後半25分に途中交代した南野選手にはファンから歓迎の証しとなるスタンディングオベーションが送られました。

主力を温存した控え組での試合だったが、上場のデビューを飾ることができました。

そして、プレミアリーグデビューは1月23日第24節ウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFC戦にやってきました。

前半33分に負傷したサディオ・マネ選手に代わり、途中出場でピッチに出ました。

前線の右サイドのポジションに入りましたが、その試合ではなかなか見せ場を作ることができませんでした。

試合は2-1でリバプールが勝利したが、現地メディアの南野選手の採点は及第点とややインパクトに欠けるリーグ戦初出場に終わりました。

新型コロナウイルス感染拡大の影響によりイングランドのプレミアリーグと公式戦の中断が発表された3月13日までで、南野選手は公式戦に7試合出場しいまだノーゴール、ノーアシストという結果となっています。

リーグ戦には3試合途中出場、デビュー戦以外は後半30分以降の交代出場で満足いくプレー時間を得られていません。

リバプールでまだ南野選手が結果を出せていない要因として考えられるのがチーム内の高い壁です。

リバプールは前シーズンのUEFAチャンピオンズリーグで優勝した現欧州王者であり、今シーズンのプレミアリーグでも首位を独走する最強のクラブチームと言えます。

経験豊富なドイツ人のユルゲン・クロップ監督の下、ナショナルチームの代表に選出される選手が多く在籍します。

そして、南野選手のポジションの前線には右ウィングにセネガル代表のサディオ・マネ選手、左ウィングにエジプト代表で2年連続プレミアリーグ得点王に輝いているモハメド・サラ―選手、中央には前線から守備ができる献身的なプレーが持ち味のブラジル代表ロベルト・フィルミーノ選手が先発メンバーに入ります。

強力な3トップの他にも控え陣には、ベルギー代表のディヴォック・オリジ選手、元イングランド代表でベテランのジェームズ・ミルナー選手、ギニア代表のナビ・ケイタ選手、イングランド代表のアダム・ララナ選手など優れた代表クラスの選手たちが揃っています。

もちろん、南野選手も日本代表のエースでこれまでのチームでポジション争いを勝ち抜いてきた実績があります。

そして、リバプールへの移籍に際して激しいポジション争いがあることは覚悟して加入しているはずです。

これまで、リーグ戦でベンチ入りした試合はマネ選手などの主力が離脱した時でした。

そして、それらの選手が戦列復帰と同時に南野選手はメンバー外になりました。

南野選手はまだベンチ入りするか、しないかの当落線上にいます。

まず、南野選手が活躍するにはこのような今までに経験したことのないチーム内の高い壁、既存戦力との競争を勝ち抜く必要があります。

主力温存のため控え組が中心のFA杯ではこれまで、3トップの中央の位置で3試合に先発出場しています。

しかし、いずれの試合もゴールを奪うことはできず、フォワードとしての仕事をこなせていません。

現地メディアでも「南野拓実と素晴らしい契約をした。ただ、リバプールファンは、彼を忍耐強く見守る必要がある。」と南野選手の現状を伝え「フィットするには時間がかかる」と分析しています。

一方、3月3日に行われたFA杯5回戦のアウェーでチェルシーに0-2で敗れた試合後、クロップ監督はインタビューで「タクミは本当に良い試合をした。我々はもっと彼を使うことができた。」と周りの選手が南野選手をうまく使うことができなかったことに不満を表しました。

若手メンバー中心で挑んだ試合ながら、南野選手をもっと選手たちが見て使っていれば結果は変わっていたかもしれないと語りました。

現地メディアでは南野選手の獲得を「失敗」と厳しい評価をしている記事も出ています。

しかし、チームとして既に最高のかたちが出来上がっているリバプールに加入してすぐに 適応して、フィットするのはなかなか容易なことではなく「世界最高のチームに入っていこうとする場合、簡単な作業ではない。」と言及しています。

南野選手が本来の強さを見せ、チームに貢献するには忍耐強く見守る必要があると言えます。

ここまで、南野拓実選手のリバプールでの背番号とその活躍についてまとめてみました。

イングランドのクラブとして欧州王者に最多の6度輝いているリバプールは120年以上の歴史があるクラブチームです。

そして、そこにアジア人として初めて挑戦する南野選手には日本のサッカーファンから大きな期待と希望が寄せられています。

加入して3ヶ月はまだ、本人もファンも満足のいく活躍はできていないが、誰もが彼の躍進を願っていることでしょう。

今後も南野選手のリバプールでの活躍を期待していきましょう。