中田翔

日本ハムファイターズで大活躍を遂げている中田翔選手。

ホームランを幾度となく打ってしまう姿には幼い野球ファンも憧れの眼差しを向けています。

憧れるのはプレーだけでなく、高額な年俸も注目としてあげられます。

2017年シーズン開幕前には成績に比べて年俸が高すぎると話題に

中田翔

中田選手は幼少期から野球の才能を開花させていきます。

小学校では捕手として野球を始め、中三時には日本代表ユースにも選出されました。

高校に入ってからも成績は伸びていき、その当時呼ばれていた「高校ビッグ3」の中の1人として君臨していました。

大阪桐蔭という強豪校の一員としてベスト4を一年生ながらに経験します。

その甲斐もあり、2008年にドラフトで日本ハムへ入団します。

骨折などの怪我もありスタートダッシュにうまく乗れなかった中田選手でしたが、徐々に成績をあげていきました。

自身初の先発出場となった試合は2010年に訪れました。

そこからは着々と数字を伸ばしていき、翌年には4番に抜擢されるほど期待が高かったようです。

それからもチームの主軸として活躍しながら、サムライジャパンにも選出されます。

2017年シーズンの年俸は自身最高の2億8000万年を記録しています。

しかし、実際この数字を疑問視するファンも多く、成績に比べて年俸が高すぎるのではないかという意見が多く見受けられました。

2017年は成績が振るわず2018年の年俸はダウン

そのような否定的な意見も聞こえてきた2017年シーズンでしたが、中田選手にとっては非常に残念な一年となってしまいます。

このシーズンでは不振に陥ってしまい、成績がだだ下がりしてしまいました。

これまで4番として起用されてきた中田選手は日本ハムにとって絶対的エースでした。

日本代表にもこの年には選出されていて、筒香選手に4番は譲ったものの実力は健在だったと言えるでしょう。

しかし、打率2.30を割り込む成績が一年を通して続いてしまいました。

チームからの信頼も徐々に薄れていき、次第には4番バッターを外され、3番となってしまいます。

打率はリーグワースト一位などを記録し、シーズン20本本塁打も5年連続という記録で止まってしまいました。

この出来にはファンからの批判が多く寄せられ、退団を望む声も少なくありませんでした。

しかしながら、「ふがいない成績でチームを去ることはできない」と述べた中田選手はチーム残留を望んだそうです。

2019年、再び年俸3億近くに。しかし年俸が高すぎるとの声が根強い

中田翔

その誓い通り、中田選手は日本ハムに残留すとを決めます。

しかし、昨年の3億円近い年俸に比べて2018年シーズンは2億円と大きく減俸されてしまいます。

それでも中田選手はチームのためにバットを振り続けました。

チームキャプテンも新たに任命されるなど、「初心に帰ってがむしゃらに戦いたい」という気持ちを持って挑んだシーズンでした。

七年連続となる4番スタートで開幕戦を迎えた中田選手。

この一年に強い思いをかけていたそうです。

その執念とともに、2018年シーズンでは2年ぶりとなる6度目の本塁打20本を記録します。

そしてこれで通算200本本塁打にも到達しました。

中田選手のこの偉業は平成生まれの選手としては初めての快挙だそうです。

調子を一気に戻して見せた中田選手はチームキャプテンとしてチーム全体を引っ張り上げていきました。

そして2019年シーズンは年俸を2億8000万円にまで戻しています。

再び三億円誓い年俸に戻った中田選手に対して未だに高すぎるのではないかという声も上がっているのは事実です。

3年10億という大型契約は球団からの期待の表れか

着々と成績を上げてきた中田選手でしたが、2017年シーズンには大きな挫折を味わってしまいます。

年俸も三億円近くから二億円へと落ちてしまいましたが、チームを去るという選択肢を選ばずに、残って何か貢献するという思い出翌年のシーズンを迎えました。

ゲームキャプテンも任され、心機一転して挑んだシーズンは中田選手にとっては忘れがたいほどの好成績を残せた一年となりました。

年俸を2億8000万に戻した中田選手は2019年も奮闘し、今度はさらに大きな契約を結ぶこととなります。

オフの契約更新で、日本ハムは中田選手に対して3年間の大型契約を提示しました。

そしてその期間についてくる年俸は2億8000万円に、出来高が付いてくるというものでした。

その出来高もまた超高額で、なんと最大で10億円が中田選手に保障されているそうです。

このような大型契約に乗り出した日本ハムはいかに中田選手の存在が必要なのかを表しています。

4番バッターとしてだけではなく、チームキャプテンとして他の選手への相乗効果も見込んでの契約だったのでしょう。