リオネル・メッシ

サッカーをやっている、知っている人だけでなく全世界で、名前が知れ渡っているメッシ。

リオネル・メッシは1987年にアルゼンチンで生まれました。32歳のサッカー選手で、世界ナンバーワンプレイヤーと称賛される選手です。

メッシの身長は170cmで小柄ですが、低身長の理由が病気であることは意外と知らない人も多いです。


サッカーはフィジカル面も重視されるスポーツで低身長であるのはハンディキャップですが、どのように病気を乗り越え、世界一と呼ばれるまでになったのかを紹介したいと思います。

【小柄ながら世界一の選手との呼び声高いメッシ】

先述どおり、メッシの身長は170cmと小柄ながらサッカー界で世界一の選手と呼ばれています。

海外サッカーリーグの平均身長が181~185cmと大柄な選手が多い中で、低身長ながら世界一の選手と呼ばれる理由は、やはり技術力の高さでしょう。

フィジカル面の不利を補って余りある、人間離れした足技でゴールを量産し、チームを勝たせてきました。

サッカー選手において最も名誉ある賞とされる、ヨーロッパの年間最優秀選手に贈られる賞「バロンドール」を6回受賞しており、記録でも世界一の称号を得ています。

バロンドールの最多受賞者はメッシであり、歴代のサッカー選手の中でも世界一と称されます。

さらに、ヨーロッパ最強クラブを決めるチャンピオンズリーグで6回の得点王の称号を獲得しています。

同大会の最多ハットトリック記録も持っており、小柄ながら大柄のDFたちを切れ味の鋭いドリブルと、シュートで手玉に取る姿で世界中の観客を沸かせています。

また、自身がエースストライカーでありながら、味方に得点を取らせるアシストも得意で、サッカー史上最高の選手と呼ばれています。


【低身長は「成長ホルモン分泌不全性低身長症」によるもの】

メッシは、10歳の頃に成長ホルモン分泌不完性低身長症と診断されています。

この病気は、俗に小人症とも呼ばれ、成長ホルモンの分泌異常により、身長が伸びなくなる病気です。

10歳の頃のメッシの身長は、120cm台でした。

日本人の10歳(小学5年生)の子供の平均身長が138cmですので、かなり小さいことが分かります。

成長ホルモン分泌不完性低身長症を発症する時期は、6~17歳の学童期で、1万人に2~3人と言われており、男児の方が多いと言われています。

発症する原因は、周産期の異常や、頭蓋咽頭腫、脳腫瘍を原因として発症する事もあるようで、原因を特定できないことが多いと言われています。

成長ホルモンの大きな働きに、骨を伸ばすことがあり、分泌が十分でないと身長の伸びが悪くなります。

また成長ホルモンの分泌が低下している状況が続くと、動脈硬化、心筋梗塞などのリスクも高まります。

【高額な治療費をめぐる紆余曲折】

成長ホルモン分泌不全性低身長症の治療は、不足した成長ホルモンを注射で補うことで行います。

治療費は原因や症状により変わるようですが、約100~700万円の薬代が必要になるようです。

メッシの場合も治療が必要でしたが、工場労働者である父ホルヘ・メッシとパートタイムの清掃員の母セリア・クッチティーニの所得では治療費を払うのが困難でした。

メッシが5歳の頃から入団した地元クラブのニューウェルズ・オールドボーイズが、6年間で約500ゴールを記録したメッシの為に、

治療費の工面をすることに初めは同意していましたが、治療費が高すぎるので最終的に工面を拒否しました。

その後、リーベル・プレートがメッシをスカウトし一部の支払いを申し出ましたが、当時アルゼンチン経済は崩壊しており、

治療費を払うのが困難になり少しずつクラブからの支払いも滞っていきました。

人生の転機となったのは、父親からの勧めで13歳の時にスペインの名門FCバルセロナの加入テストを受験した時のことでした。

当時監督を務めていた、カルロス・レシャックは彼のプレーを見て、その小さな身体に驚くべき才能と将来性が宿っていることを悟り、すぐに合格を決めました。

しかし若い年齢の選手と契約することは珍しいことだったため、会長がなかなか契約に消極的だったため交渉は難航を極めました。

どうしても契約を逃したくなかったレシャックは、自身の権限の下でFCバルセロナはメッシと契約すると約束しました。

その後FCバルセロナは家族揃ってのバルセロナへの移住を条件に治療費を全額負担することも約束し、家族もこれを快諾しました。

【今では世界最高の選手に】

両親の支えやチーム、監督のおかげで、病気を乗り越え、メッシの身長は170cmまで成長しました。

得意の技術面もさらに磨き、17歳でプロデビューし、今ではバロンドール受賞回数も歴代最多となり、世界最高の選手になりました。

味方や相手、相手の監督からも称賛をされる選手は少ないですが、メッシには惜しみない賞賛が送られ続けています。

「メッシを止められる選手はいない。彼ほどの飛びぬけた才能の前には戦術も監督も関係ない」と語ったのはバルセロナで世界一に輝いた時に監督であるグアルディオラが称賛した内容です。

敵将たちも「メッシがフィジカル的に100%であれば、止める事は不可能。戦術、守備組織、監督という存在も意味をなさない」とメッシの才能の高さ、異次元さを評価しています。

メッシは2007年に難病の人々の救済、その方々の夢を叶え、平等の機会を与えるという信念のもとに「レオ・メッシ財団」を設立しました。

自身が病気で、サッカーを諦めないといけない可能性もあった中で、救ってくれた人々への感謝を表していると思います。

この人間性もまた、世界最高の選手になれた一つの要因ではないかと思います。