陽岱鋼

今や野球界で知らないファンはいないほどの知名度を獲得した陽岱鋼選手。

台湾出身の選手ながらに日本でその選手生活を送ってきました。

そんな陽選手は年俸が高すぎると話題に度々なっていました。


それは果たしていくらなのでしょうか。

陽岱鋼、日ハムから移籍し3億の年俸を手にする

陽岱鋼

陽選手は小学校時代からナショナルチームに所属していて、国を代表する選手として幼少期から名を轟かせていました。

そして、野球留学の一環で福岡第一高等学校へと入学することにします。

そこでも素晴らしい活躍を見せると、スカウトの目に止まりドラフト会議では2球団から一巡目の指名を受けました。

結局、日本ハムファイターズが説得の上で勝ち取り、台湾人史上最高位のドラフト指名として故郷でも報じられました。

日本ハムで活躍し始めた頃にはすでにワールド・ベースボール・クラシックのチャイニーズタイペイ代表としても出場していました。

一年目は9本の本塁打を放つなど打力がファンからも認められる一面になっていました。

しかしながら、リーグ最多となる30失策をしてしまい、守備力が改善点として見られました。

そこから着々と成績を上げていき、日本ハムを代表する選手の一人となるまで成長します。

そして巨人が2016年に獲得に乗り出し、3億円もの年俸で移籍を果たしています。


移籍後は成績不振、ファンからは批判も

背番号「2」を身につけ、陽選手は5年間もの大型契約を巨人と組みました。

その年俸はなんと破格の15億円にも登り、記者会見には多くのメディアが国内外から駆けつけました。

このことから、巨人ファンもまた期待を高め、入団と一緒にユニホームの売り上げが爆増しました。

2017年にはコンディション不良のため、開幕戦には間に合いませんでした。

8月ごろには調子を取り戻し、1番打者として好調で打線を引っ張る動きを見せていました。

しかし、その活躍も9月ごろから徐々に落ちていき、結果としては打率が2割台に止まり、本人にとっても納得の行くシーズンではありませんでした。

翌年は開幕戦ごろから調子を上げ、一番打者として名を轟かせていました。

しかしながら、レギュラーの定着を図った段階で左手の骨折が見つかります。

原監督からの激励もあり、本人は10本本塁打で終わった2018年シーズンに対して「頑張るしかないです」とコメントを残しました。

続く翌年は丸選手や亀井選手らなどの好調が続いたため、陽選手がスタメンに立つ機会は左投手のみとなってしまいました。

高額年俸の理由は台湾での人気?

陽岱鋼

そして2019年シーズンを終え、ファンらは陽選手の活躍に対して納得がいっていない様子でした。

2年連続で打率が3割を下回り、2019年シーズンは代打としての出場に回るなど、年俸には釣り合わない活躍に対して文句の声が飛び交うようになります。

日本ハムを代表する選手の一人だったため、巨人に来てからの不調は非常に関係者も悲しんだ人が多かったようです。

関係者らやファンの声とは裏腹に、巨人の原監督は多大なる信頼を示し続けました。

坂本勇人選手とともに、「中心、模範となってほしい」と述べているほど信頼を置いていたようでした。

年俸が超高額で契約が組まれていたため、余計にファンらはこの不振に怒りを示さざるを得ませんでした。

確かに、年間での打率が日本ハム時代も3割弱だったため、示された金額は高すぎたのではないかと疑問の声さえ上がりました。

そして数々の憶測が飛び交う中で、「台湾マネー」という言葉が囁かれるようになりました。

台湾でのビジネスを見据えた巨人の契約だったという憶測が飛び交ったのです。

まとめ

台湾出身の選手ながらに若い頃から日本にスポーツ留学するなど野球と真剣に向き合っていた陽選手。

ドラフト会議でも複数球団から興味を示されていました。

そしてその中で交渉の末に選んだのは、日本ハムでした。

日本ハム時代は高い打力が多くの関係者らから認められ、スタメンの座を獲得しました。

しかしながら、守備力が課題としても上げられるなど、多方面から注目を浴びていました。

そしてFA権を獲得した陽選手は水面下で次の球団を日本ハムと相談しあっていたそうです。

次なる舞台として選んだのは巨人で、背番号「2」を任されるなど期待が高まっていました。

その中で巨人が提示した移籍金額は総額で15億円、1年で3億円にも登りました。

しかし、年俸通りの活躍は披露することができず、伸び悩んでしまいました。

そしてファンらからは陽選手の移籍金を疑問視する声も上がります。

「台湾マネー」とまで囁かれる事態となった陽選手の移籍ですが、これからの活躍にも注目が集まりそうです。