大瀬良大地の弟はダウン症を患うも、家族同士で支えあう

大瀬良大地は広島カープで活躍されている選手ですが、ものすごい努力家です。

それが証拠に小学校の時にすでに野球にのめりこみすぎて右ひじをいため、中学3年生まで左で投げていたんです。

とても子供が持つ根性とは思えないですよね。


そんな大瀬良選手について、調べてみました。

大瀬良大地のプロフィール

大瀬良大地

生年月日は1991年6月17日 出身は長崎県大村市出身 広島東洋カープ所属 小学校、中学校は鹿児島県霧島市で過ごします。

小学校4年生から野球を始めます。

小学校時代に右ひじを痛めたため中学校3年生に手術を行うまで左手で投げます。

高校は長崎日本大学高等学校に進学、高校卒業後プロ入りせず、あえて大学進学を選びました。

仲里清監督の指導が受けたいという理由で吸収共立大学を選びます。

米国で開催された第38回日米大学野球選手権大会の大学日本代表メンバーにも選出され2試合に出場しております。

大学3年時の2012年春季リーグで最優秀選手賞受賞とベストナインに選出され、所属大学チームは優勝します。

大学4年生の時にチームの主将を務めます。

大学を卒業する時にドラフト会議にて東京ヤクルトスワローズ、広島東洋カープ、阪神タイガーズの3球団から1位指名を受けますが、結局広島東洋カープに入団することに決まりました。


大瀬良「弟や家族がいないと今の自分はいません」

大瀬良大地

大瀬良選手の弟はダウン症なんです。

でも兄弟とても仲が良く絆がとても深いのです。

そして家族を大切に思う気持ちが本当に強くて心の優しい選手です。

小さいころのエピソードをお話ししますね。

お母さんはずっとダウン症の弟が大瀬良選手の野球の試合を見に行くのがいやなのではないかと思っておりました。

お母さんは大瀬良選手が小学生の時に弟の元気くんが試合を見に行くことが嫌なんじゃないか聞いてみました。

そしたら、なんでそう思うの?僕の弟ではないの!と逆にびっくりされました。

それ以来、お母さんはどうどうとダウン症の弟を大瀬良選手の試合に連れていくようになりました。

そして、プロ野球選手に入団する時のインタビューでダウン症の元気くんがいてくれたからここまでがんばることが出来たという感動的なコメントを残しています。

このコメントに日本中の野球ファンは涙なしで見ることができませんでした。

ありがとう元気くんと大声で叫びたいですね。

藤浪から受けたデッドボールの対応も話題に

大瀬良大地 藤浪晋太郎

カープの大瀬良投手は阪神の藤波選手からデットボールをくらったことがあります。

大瀬良選手は笑いながら「いいよ」と言ったのですが監督からは厳しく注意を受けました。

すごく中々できない男らしい、大人の行為にも見えますが、監督からひどく注意を受けたようです。

監督はもっと藤波選手に怒ってもらいたかったようです。

私個人としては人間的、大人の男として最高だと思いますが・・

いずれにせよ、監督の言うことも分からないでもないですが、お疲れ様でしたと言いたいです。

貴重な存在の野球選手にエールを!!

大瀬良大地

小学校から野球をやっていて非常に優秀で忍耐力があり、将来有望な選手です。

小学校4年生から野球をやり始めてずっと野球をやってきましたが、小学校で右ひじをいため、中学1、2年は左で野球の玉を投げます。

これはものすごいことだと思います。

その根性は大人よりあると思います。

大人でさえ、右ききの人が左手で鉛筆を持つことはとても困難です。

また家族の中にダウン症の弟も存在しますが、一度もダウン症であるということを重荷に感じたことはなく兄弟とても仲が良いです。

プロ野球入団の時にダウン症の弟がいてくれたからここまで頑張ることが出来たとコメントした時は日本中の野球ファンが涙なしでこのコメントを聞くことが出来ないぐらい感動した言葉でした。

まだまだ伸びしろのある選手ですので将来楽しみなプロ野球の選手です。

この優しくて根性持ちで相手の気持ちをよくくみ取ることが出来る選手をみんなで応援したいと思います。

このコロナ時代にもっとも必要な選手ではないでしょうか。